菅政権に変わり、「脱ハンコ」「ハンコ廃止」など、無駄な押印の廃止が推進されています。
ちなみに福岡市では平成31年から「ハンコレス」の取り組みをすでに進められており、令和2年9月末時点で、押印が義務付けられていた4700種類の申請業務のうち3800種類について押印義務の廃止を完了させたと発表されています。
今回は、物理的な押印作業に取って変わるであろう電子署名について取り上げていきます。
そもそも署名押印はなぜ必要?
契約時に必要となる「署名押印」
必要なのはわかってもなぜ必要なのか。
署名押印は、契約書の中身をしっかり確認し、契約書の末尾になされることが多いものです。
これは、署名または押印がなされることにより、その本人が自らの意思で契約書を作成したこと、すなわち契約書の内容を確認の上それに合意した、ということを表すためになされる作業です。
そのため、署名または押印があれば通常は、当事者が契約内容に合意していたのだと評価されるわけです。
誰が署名押印したのか
次に問題となるのは、「誰が署名押印したのか」という点です。
署名押印がなされていたとしても、それが別の者によってなされたものであれば、契約書の内容を合意していたとはいえなくなります。
そこで印鑑に着目します。
印鑑は通常、印影に表示されている名義人(「田中」の印鑑ならその持ち主である田中さん)が大事に保管しているもので、名義人以外に使用することはできません。
そのため、契約書に押してある印影と、印鑑を持っている人の印鑑の印章が一致していることが証明されれば、それは「本人が自らの意思で印鑑を押した」と評価されますので、「偽造がなされたわけではない」=印影に表示されている名義人が、自らの意思で契約に合意していた」と評価されるわけです(なお、印影と印章の一致を確認するための書類が「印鑑登録証明書」です。)。
以上のような仕組みで、署名押印が要求されるわけです。
電子署名
物理的な押印業務がなくなったとしても、文書がきちんと名義人の意思に基づいて作成されたものであるかどうかを確実にしておく必要性はなくなりません。
そこで考案されているのが「電子署名」という仕組みです。
電子証明書の取得
インターネット上でのやりとりにおいて文書の秘密を守るために使用される仕組みが暗号化と複合ですが、それを応用した技術が電子署名です。
電子署名を行うためには事前に「電子証明書」というものを取得しておく必要があります。
これは「印鑑登録証明書」に代わるもので、認証局(官公庁の他民間のものもあります。)に申請して取得します。
取得の際は、ICカードで受領する方法、あるいはファイル形式(いわゆるデータ)で受領する方法があります。
これまで、契約書が真正に成立していることを推定させるために重要な電子署名のための電子証明書の発行は、認証局によってなされていました。
この電子署名を利用すれば、紙媒体での署名押印と同様に、文書が真正に成立している(と推定する)扱いが認められています(電子署名法3条)。
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電子署名の種類
すでに電子署名サービスは多様化しており、以下のようなサービスが提供されています。
ローカル型電子署名
電子署名の秘密鍵等をICカードやパソコン等で管理し、ユーザーの手元で電子署名を付与する方法。
クラウド(リモート)型電子署名
①当事者型電子署名
契約当事者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子署名サービス
②立会人型(事業者型)電子署名
契約当事者の指示に基づき、電子署名業者の署名鍵により暗号化等を行う電子署名サービス
電子署名法3条の適用を受ける方法
上記のうち、電子署名法3条の適用を受けるのはかつてはローカル型電子署名とクラウド(リモート)型電子署名の当事者型電子署名という政府見解が示されていました。
その後、令和2年9月4日、「本人だけが行うことができる」という、署名の固有性が担保されるのであればという条件付きですが、認証局による本人確認がなくとも、クラウドサービス事業者が提供する当事者型電子署名によっても、契約書の真正な成立を推定することができるという見解を公式に示すに至りました。
クラウドサービス事業者の信用性
最近報道でも取り上げられたのが、取締役会議における議事録作成に必要な取締役と監査役の承認のための署名について、クラウドを使った電子署名を認めるというものです。
ただ、署名の固有性がどの程度担保されているのか、サービスを提供しているクラウドサービス事業者が信用できる企業であるのか、確認は必要です。
似ているが違う「電子サイン」「電子印鑑」
電子サイン
店舗等での買い物決済などに際し、タブレット端末に指やタッチペンなどで署名を求められたことはないでしょうか。
これが「電子サイン」とよばれるものです。
先に述べた電子署名との違いは、認証局等の第三者機関を介していないという点です。
利用のしやすさがある一方で、サインした人物が本人であることの保証がないため、電子署名法3条の適用を受けることはできません。
ただし、適用を受けることができないからといって、契約の合意が直ちに成立しないわけではありません。あくまで現在法律が認めている「電子署名」ではないということです。
電子印鑑
電子印鑑は、押印に使用するための印鑑の印影を画像データ化したものです。
ワードやPDFなどの文書に容易に押印することができる一方、印影の名義人が本当に押したのかどうか、改ざんされていないかということを証明することはできません。
そのため、単なる画像データでしかない電子印鑑も、現在法律が定めている「電子署名」には該当しませんし、文書の成立の真正を推定するものでもありません。
電子印鑑を利用するのであれば、対内的な稟議書などに限定するなどしてリスク管理を行う必要があります。