医療現場におけるコンプライアンスとは?弁護士が解説

  
執筆者
弁護士 中村啓乃

弁護士法人デイライト法律事務所 弁護士

保有資格 / 弁護士

医療現場におけるコンプライアンスとは、医療行為や医学研究において守るべき行動の規範・基準のことです。

医療現場においては、医療従事者側と患者側のそれぞれにコンプライアンスがあります。

  • 医療従事者側のコンプライアンス:
    治療に関するどのような決定においても、患者にとって最善の利益を考慮し、臨床上の決定を行わなければならない
  • 患者側のコンプライアンス:
    治療のために医師、病院側から言われたことをきちんと守れること

このページでは、医療現場におけるコンプライアンスに関わる法律、医療現場におけるコンプライアンス違反の2つのリスク、医療現場におけるコンプライアンスを守るために必要な実施内容などについて弁護士が解説します。

医療現場におけるコンプライアンスとは?

コンプライアンスとは、法令や規則を守ること、広くは社会的規範、ルールを守ることをいいます。

医療現場においては、医療機関側と患者側のそれぞれにコンプライアンスがあります。

医療従事者の方々にとっては、医療現場における規範というと、「医の倫理」という方が馴染みがあるかもしれません。

コンプライアンスは、広く捉えると、医の倫理と同じで、医療行為や医学研究において守るべき行動の規範・基準のことです。

一般的には、コンプライアンスという言葉の方がなじみ深いですね。

より法令や規則の部分の意味合いが強いイメージかもしれません。

医療に従事する人は、治療に関するどのような決定においても、患者にとって最善の利益を考慮し、臨床上の決定を行わなければならないとされています。

そして、これに対して患者は治療のために医師、病院側から言われたことをきちんと守れるか、というのが患者側のコンプライアンスです。

 

医療機関と会社との違い

「コンプライアンス」という言葉は、医療現場に限った話ではなく、一般の企業や社会でも通じるものです。

それでは、​​医療現場におけるコンプライアンスというのは、どのような特徴があるのでしょうか?

今回は比較しやすいように、株式会社と医療法人で比較しました。

会社 医療法人(出資持分なし)
準拠法 会社法 医療法
代表者 代表取締役 理事長
出資者 株主 なし
配当 営業利益から株主へ配当 なし
営利性 営利 非営利

一番大きな違いは、営利性の有無です。

会社は営利組織であるため、利益を出資者の株主に配当することができます。

他方で、医療法人は非営利組織であるため、利益がでてもこれを配当するということはできません

医療法人に営利性が認められていないのは、かけがえのない生命・身体の安全と直接かかわる医療を営利企業に委ねるのは適当ではないとの判断からです。

すなわち、医療法人という類型は、医療事業の経営主体を法人化することにより、医業の永続性を確保するとともに、資金の集積を容易にし、医業経営の非営利性を損なうことなく、医療の提供を行うことを可能にするために、認められているのです。

根拠条文
医療法7条7項
営利を目的として、病院、診療所又は助産所を開設しようとする者に対しては、第四項の規定にかかわらず、第一項の許可を与えないことができる。
医療法54条
医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。

引用元:医療法|e-Gov法令検索

医療法人は会社と違い、非営利組織であるため、その業務の範囲にも違いがあります。

医療法人が行うことができるのは、本来業務(医療法人、介護老人保健施設の経営)とその周辺業務のみとなります。

 

医療現場におけるコンプライアンスの重要性

既に医療法人が非営利組織とされているのは、医療行為の継続的な供給を目的としていることはご説明しました。

医療行為が継続的に供給を求められるのは、人間の生命に直接的な影響を及ぼしていることが理由としてあります。

医師をはじめとする医療従事者は、このように、人間の生命に直接的に影響を及ぼす行為を業務としています。

そのため、高い倫理観が求められています。

その業務内容からも、コンプライアンス違反が生じた場合の事故リスクが非常に高いとともに、訴訟リスクも高くなります

他方で、医療従事者の方々は技術者的な側面も大きいため、経営者以外で、コンプライアンスの面でのリスクマネジメントを日頃から心がけているという方が多くないのも実情として有ると思います。

先述したようなコンプライアンス違反の場合のリスクを考えると、医療現場でもひとりひとりのスタッフがコンプライアンスの意識を持つことが重要です。

 

医療現場におけるコンプライアンスの法律規制

それでは、医療現場におけるコンプライアンスに関わる法律について解説していきます。

 

医師法

医師法は、医師免許の取得や喪失、業務範囲等について定めている法律です。

具体的には、医師の義務として、応召義務、診断書等・処方箋の交付義務、異常死体の届出義務、診療録の記載と保存義務、無診療治療等の禁止などが定められています。

応招義務との関係では、どこまで応じる義務があるのかというのが気になるポイントかと思います。

正当な理由なく診療を拒んではならないとされていますが、診療時間外に他の救急施設があるにもかかわらず、診療しなかったことは応招義務には反しないとされた事例があります。

また、診察を行った医師は、診断書の交付を拒むことはできません。

診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載する必要があり、その診療録は、5年間保存の義務があります。

参考:医師法|厚生労働省

 

医療法

医療法には、病院や診療所の定義、開設要件、医療計画の策定、広告できる診療科名等、インフォームドコンセントなどが定められています。

コンプライアンスとの関係で、特に重要なポイントは、インフォームドコンセントでしょう。

インフォームドコンセントは全ての医療従事者の努力義務として医療法に定められており、患者の自己決定権の尊重を目的としています。

根拠条文
医療法1条の4第2項
医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。

引用元:医療法|e-Gov法令検索

 

インフォームドコンセントとは?

インフォームドコンセントとは、厚生労働省の検討会では、

  1. ① 医療従事者側からの十分な説明と
  2. ② 患者側の理解、納得、同意、選択

をいうとされています。

インフォームドコンセントは、医師からの情報提供をもとに、患者が選択し、決定を行う自己決定権の行使が目的です。

医療従事者にとっては努力義務として定められているものではありますが、文書やパンフレット等を利用して、分かりやすく説明をし、明確に同意を得ることが望ましいといわれています。

患者側では、同意を無条件に撤回することができ、研究や医学教育に参加することを拒否できます。

医師側と患者側とで、対話を繰り返し、協力関係を深めることで、患者の最善の医療に繋げることができるという考え方です。

医師側としては、患者から直接同意を取り付ける必要があります。

そのためには、患者の理解を深めるために、わかりやすい言葉を用いて説明をすることが重要です。

インフォームドコンセントは例外的に困難な場合もあります。

例えば、緊急時、患者の意識がなく、同意を得る時間的余裕がない場合がこれに当たるでしょう。

そのような場合には、同意なしで治療を開始することも例外的に許されます。

また、患者が乳幼児、認知症、精神疾患などの理由により、同意する能力が欠如している場合も想定されます。

このような場合には、保護者や代理人から同意を得ることになります。

手術等の同意については、既に書式を準備されている医療機関は多いと思います。

治療の開始の時点でも、説明を受けたこと、内容を理解して同意することについても同意書を得ておくのがリスクマネジメントとしては大事です。

 

刑法

刑法には、医師の行為(薬剤投与や手術等)が正当な業務による行為として罰しないと定められていたり、秘密漏示の禁止等が規程されています。

根拠条文
刑法134条1項
医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

引用元:刑法|e−Gov法令検索

 

守秘義務…個人情報保護法との関係

医師等医療従事者の守秘義務は、原則本人の同意がない限りは許されません

秘密の漏示が「正当な理由」があると認められるための要件は、①本人の同意がある②犯罪にかかわる通報③他の法で開示について定めがあるなどの事情がある場合です。

当事務所でも、警察等の捜査機関、裁判所、弁護士会の照会にはどこまで答えていいのか等のご相談を受けることがあります。

患者の病状を含めた個人情報は、家族に対する情報提供であっても、原則として本人の同意が必要です。

そのため、親族から電話で入院の有無や検査結果などを確認されたとしても、本人の同意なく回答することはできません。

捜査機関の任意捜査については、法令(刑事訴訟法197条2項)に基づくものであると解釈されています。

一般的には、捜査機関の照会を受けた場合には回答しなければならないと理解されています。

ただ、回答しなかったことによる罰則はありません

守秘義務との関係で考えると、回答を拒むことはできると考えられています。

実際に、あえて回答を拒絶すべき事案がどの程度あるかは不明ですが、病状等ではなく、患者本人から打ち明けられた話などを照会を受けた場合には、一旦本人に確認して捜査機関にもその照会の必要性等の説明を求める必要などがでてくるでしょう。

電話のみでの照会など、相手が捜査機関であることが確実にわからない場合には、回答しない、又は回答する場合には、本人の承諾を得てからにするべきでしょう。

他方で、書面による照会の場合は、相手は確実に捜査機関や裁判所、弁護士会であることがわかります。

その場合、情報を開示することは法令で認められていますので、開示することは問題ないといえるでしょう。

根拠条文
刑事訴訟法197条2項
捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

引用元:刑事訴訟法 | e-Gov法令検索

また、他の医療機関への情報の開示は認められるのかという内容の問い合わせを受けることもあります。

医療機関で診療を希望している患者は、傷病の回復等を目的としており、他方、医療機関等 は、患者の傷病の回復等を目的として、より適切な医療が提供できるよう治療に取り組んでいます。

そして、適切な医療の提供のために、必要に応じて他の医療機関と連携を図ったり、当該傷病を専門とする他の医療機関の医師等に指導、助言等を求めたりすることも日常的に行われています。

また、その費用を公的医療保険に請求する場合等、患者の傷病の回復等そのものが目的ではないものの、医療の提供に必要な利用であるとして、患者のデータを公的機関に提供する場合もあります。

そのため、 第三者への情報の提供のうち、患者の傷病の回復等を含めた患者への医療の提供に必要であり、かつ、個人情報の利用目的として院内掲示等により明示されている場合は、 原則として黙示による同意が得られているものと考えられています。

また、本人の意思がすぐには確認できない、意思の確認のために関係機関への照会が確認される場合などは、同意を得る必要まではありません。

例えば、意識不明で身元不明の患者について、関係機関へ照会したり、家族又は関係者等からの安否確認に対して必要な情報提供を行う場合や、意識不明の患者の病状や重度の認知症の高齢者の状況を家族等に説明する場合など、本人に同意を求める手続を経るまでもなく本人の同意を推定して行動ができる場面と考えられます。

なお、傷病の内容によっては、患者の傷病の回復等を目的とした場合であっても、明確に本人が拒否の意思表示をしているなど、 個人データを第三者提供する場合は、あらかじめ本人の明確な同意を得るよう求めがある場合も考えられ、その場合、医療機関等は、本人の意思に応じた対応を行う必要があります。

根拠条文
医療法1条の4第3項
医療提供施設において診療に従事する医師及び歯科医師は、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携に資するため、必要に応じ、医療を受ける者を他の医療提供施設に紹介し、その診療に必要な限度において医療を受ける者の診療又は調剤に関する情報を他の医療提供施設において診療又は調剤に従事する医師若しくは歯科医師又は薬剤師に提供し、及びその他必要な措置を講ずるよう努めなければならない。医療法1条の4第4項
病院又は診療所の管理者は、当該病院又は診療所を退院する患者が引き続き療養を必要とする場合には、保健医療サービス又は福祉サービスを提供する者との連携を図り、当該患者が適切な環境の下で療養を継続することができるよう配慮しなければならない。

引用元:医療法|e-Gov法令検索

 

家族への説明はどこまでしていいの?

家族への説明については、おかれている状況がどのような場面かによって説明すべき場面と、説明できない場面があります。

患者の病状は個人情報であり、家族であっても、話すべきでない場面があるということには注意が必要です

医療機関では、事前の説明を行うときには家族にも一緒に話をすることが多いです。

しかし、本人の同意を得ず検査結果を告げることなどは守秘義務違反となります。

本人が明確に拒否している場合や、キーパーソンが指定されている場合などは、本人の同意のない家族への説明は危険です。

他方で、先ほどのべた患者の意思が不要と考えられるケースとして、家族又は関係者等からの安否確認に対して必要な情報提供を行う場合(本人が明確に拒否している場合は除く)や、意識不明の患者の病状や重度の認知症の高齢者の状況を家族等に説明する場合など、本人の意思の確認ができないことなどは正当な理由があるといえます。

 

 

医療現場におけるコンプライアンス違反の2つのリスク

刑事罰

これまであげてきたような関係法令の違反があった場合は、刑法に反する場合は、医療従事者個人が刑事罰を受けることもあります

また、医療機関についても、法令違反があった場合は、それぞれ罰則が定められており、罰則を受けることになります。

 

損害賠償責任

医療行為は、医師と患者を当事者とする医療行為です。

診療契約は、患者(委任者)が医師(受任者)に対し、診療行為を依頼するという契約形態をとっており、これは民法上、準委任契約という類型に整理されています。

そして、受任者の義務として、善管注意義務があります。

善管注意義務とは、最善の注意をもって、委任された事務を行う義務をいいます。

医療現場での善管注意義務というと、医師には一定水準以上の診療をなすことが要求されます

この水準は、診療時の医療の水準であり、診療を行う医師の専門の分野や、医療機関の性質、地域、緊急性などの事情を考慮して決定されます。

この一定水準を満たさないことにより生じた患者の不利益は、善管注意義務違反の過失によって生じたものと考えられます。

善管注意義務違反により患者に損害が生じた場合には、民法709条の不法行為または、民法415条の債務不履行責任として、損害賠償責任が課されることがあります

根拠条文
民法644条
受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法415条1項
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

引用元:民法|e-Gov法令検索

 

社会的評判の失墜

コンプライアンス違反が原因で訴訟などに発展した場合、医療機関の評判が失墜し、経営難に陥る恐れがあります

事故等が起きた場合でも、それまでの対応や初動がどのようになされたのか、適切なものであったかという点は、事故の責任を問ううえで重要な視点になります。

適切な対応がなされていたが、起きてしまった事故については、過失はないため、事故の原因について調査し、どのようにして再発を防ぐかを検討するということに重きを置くことになります。

 

 

医療現場におけるコンプライアンスのための実施内容

院内掲示

院内掲示は、医療法14条の2において、診療所の入口、受付又は待合所付近の見やすい場所に行わなければならないことになっています。

掲示すべき事項は、以下のとおりです(医療法施行規則第9条の3)。

  1. ① 管理者の氏名
  2. ② 診療に従事する医師又は歯科医師の氏名
  3. ③ 医師又は歯科医師の診療日及び診療時間

また、このほかに、個人情報の利用目的を、自らの業務に照らして通常必要とされるものを特定して公表する必要があります。

根拠条文
医療法14条の2第1項
病院又は診療所の管理者は、厚生労働省令の定めるところにより、当該病院又は診療所に関し次に掲げる事項を当該病院又は診療所内に見やすいよう掲示しなければならない。
一 管理者の氏名
二 診療に従事する医師又は歯科医師の氏名
三 医師又は歯科医師の診療日及び診療時間
四 前三号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項

引用元:医療法|e-Gov法令検索

 

カルテには細かく記録を残す

カルテは当然記載されていると思いますが、仮に医療事故が起こった場合などに証拠となるのは、医師の記載したカルテです。

患者が話したことから医師が判断した内容にミスがなかったことを示すことができる客観的な証拠になります

自分の身を守るためにも、カルテをはじめとした書類の記載は、できる限り詳細に記載することをおすすめします

 

医療機関に強い法律事務所を顧問にする

医療現場におけるコンプライアンスは、様々な場面で問題になり、ひとつひとつの問題が患者の生命身体の安全に直結しうることから、医療機関側にとっても重要な視点です。

少しでも疑問に思ったことや不安に思うことがあったときにすぐに確認ができるようにすること、また、書面についても事前にリスクを排除できているかのチェックを受けることは、リスク回避のために有効な手段といえます。

したがって、医療機関に強い弁護士を顧問弁護士として、いつでも気軽に相談できるようにしておくことをお勧めいたします。

 

 

まとめ

本ページでは、医療現場における医療従事者側のコンプライアンスとはどのようなものを指すのか、その具体的な法令の一部をご紹介し、これらのコンプライアンス違反のリスクについて記載しました。

コンプライアンス違反となるリスクを可能な限り下げるためにも、専門家への適時の相談や、事前のコンプライアンスに対する意識を高めることが必要と考えられます。

当事務所では、クリニックや医療法人などの医療業界の皆様への顧問弁護士のサービスを行っており、医業・介護分野に注力する弁護士が在籍し、初回無料の相談を行っています。

ご来所いただいて対面での相談以外に、LINE、FaceTime、Zoomなどを用いて弁護士の顔が見える状態でのオンライン相談や電話相談でも対応できますので、少しでもお困りの場合はお気軽にお問い合わせください。

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