弊社では、ウェブデザインの作成を手掛けていますが、あるとき広告代理店Aから、「一緒にB社に提案をして、受注しませんか?」との打診を受けました。
そのA社はこれまでB社と取引関係にあったとのことで、弊社としても新たな取引先獲得に期待をしていました。
そこで、具体的イメージを持ちやすいデザイン資料を作成し、A社のプレゼンに同行しました。
プレゼン後のある日、A社から、「デザインデータと資料をデータでもらえないか。」と尋ねられました。今後の受注交渉にも必要だろうと思いデータと資料を提供しましたが、その後A社からはまったく連絡が途絶えました。
しばらくしてA社に問い合わせると、「費用面で折り合いがつかなかったため、他の企業にお願いした。」と言われてしまいました。B社のデザインを見てみると、弊社が提供したデザインにとても似ています。
そこで、弊社としては、A社に対してデザイン作成料を請求したいと考えています。回収できますか?
この問題について、弁護士がお答えします。
相手にお金を払ってもらうためには、双方に権利・義務関係が発生していなければなりません。そのためには、どういった内容の契約が締結されているかが重要になります。
本来であれば、契約内容を特定するために契約書を作成しておく必要があるのですが、今回のご相談ではそれがなされていませんでした。
結論からいえば、本件で製作費相当分の金銭回収をすることは難しいといえます。
以下順を追って説明します。
契約関係に入る際の注意点
取引活動をするにあたり忘れてはならにことは、①どのようなサービスを提供し、②それに対しどれだけの対価をもらうか、を明確にしておくことです。
これが不明確な場合、契約が成立していると判断されることはほとんどありません。あるいは、契約が成立していたとしても、無償でなされたと判断されても仕方がなくなってしまう可能性が格段に上がります。
また、どの企業も、利益を上げるために活動をしています。上記2点を不明確なままにしておくことは、自社のサービスにどのような経済的価値を見出せていないことにもつながりますので、経営判断としても問題があります。
今回のケースでは、ここをはっきりしていなかったところに問題があったといえます。
今回のケースではどうすればよかったのか
今回の相談者は、ウェブデザインの作成を手掛けています。ということは、そのデザインそのものに経済的価値が見出されるわけです。
したがって、これを第三者に提供するということは、そこに経済的価値の移動が観念されるわけですから、慎重にならなければなりませんでした。
たとえば、「デザインデータと資料をデータでもらえないか。」と言われた際に、デザイン作成費相当額や、人件費を見込んだ額を支払ってもらえればそれに応じる、という対応が考えられます。
具体的には、「デザインデータの提供に●●万円かかります。」と伝えたうえで、それでも相手が欲しいというのであれば、その内容の契約書を作成しておくべきです。
こうしておけば、B社との受注が結果的にかなわなかった、あるいはA社が他者に乗り換えたとしても、損害を被ることがなくなる、あるいは最小限に抑えることができます。相手が支払いを渋る場合は、契約書を証拠として後に訴訟で争い、回収する可能性も出てきます。
その他確認しておくこと
A社が、なぜ自分を選んだかを詳細に確認しておくことです。これまでの実績をしっかり見てくれたうえで選んでいただいているのであれば、不義理な対応をする可能性は低くなるものと思います。
一方で、ネットで検索していたら見つけた程度のものであれば、どこまでA社を信用してよいのか疑問になってきます。
協力関係を結ぶにしても、その企業が信用に足るものであるかをみるにあたっては、こちらもしっかり相手を見ておかなければなりません。
今回のケース
今回のケースでは、安易にデザインデータと資料を無償で提供してしまったがために、提供行為自体に対する対価が発生しません。書面等を交わすこともしていなかったため、価値あるものが移転していたのにもかかわらず、契約という法的根拠を立証できず、請求もできません。
また、B社が利用しているデザインが、相談者が提供したデザインに似ていたとしても、「似ていた」程度では権利侵害があったとまでは言いにくいところです。
こういったケースでは、「弊社との関わりがなければ、このようなデザインはおよそあり得ない」と言われる方も少なくありませんが、裁判所は認めてくれない可能性の方が高いです。
いったい自社は何に経済的価値を見出し、提供することを強みとするのか、改めて確認することが必要です。