介護事故とは、介護施設において、または、介護サービス提供中に起きた事故のことをいいます。
介護事故が起きないようにするためには、あらかじめ介護事故防止マニュアルを作成したり、どのような場所でどのような事故が発生しやすいかを把握・共有しておくことが重要です。
また、介護事故が起きてしまった場合には、迅速な対応が求められます。
具体的には、事故の被害を拡大させないための応急措置やご家族への連絡、一部の事故で提出が義務付けられている介護事故報告書の提出などです。
この記事では、実際に起きた介護事故の事例を紹介しながら、介護事故の防止法、介護事故が起きてしまった場合の対応方法等について、詳しく解説しておりますので、ぜひお読みいただければと思います。
目次
介護事故とは
介護事故とは、介護施設または介護サービスを提供中に発生した事故のことをいいます。
どこまでが「介護事故」に含まれるかについては、「介護事故」の定義次第で広く含まれる場合もあります。
なお、全国社会福祉協議会が作成した『福祉サービス事故事例集』では、福祉サービスにおける「事故」を「社会福祉施設における福祉サービスの全過程において発生する全ての人身事故で身体的被害及び精神的被害が生じたもの。 なお、事業者の過誤、過失の有無を問わない。」と定義しています。
引用元:厚生労働省|「福祉サービスにおける危機管理(リスクマネジメント)に関する取り組み指針 ~利用者の笑顔と満足を求めて~」について
すなわち、事故による損害の範囲としては、怪我などの身体的被害だけではなく、うつ病などの精神的被害も含まれます。
また、介護施設や職員の過失の有無にかかわらず、介護施設または介護サービスを提供中に発生した事故であれば「介護事故」に当たります。
介護事故の種類
ここでは、代表的な介護事故の種類をいくつか紹介いたします。
- 転倒・転落事故
- 誤嚥(ごえん)事故
- 誤薬事故
- 火災・火傷事故
転倒・転落事故
転倒事故とは、利用者が、介護施設内または介護施設外において、つまずいたりバランスを崩したりして、転倒する事故のことをいいます。
転落事故とは、利用者が、介護施設内または介護施設外において、ベッドや椅子・車いすなどから転落する事故のことをいいます。
転倒・転落事故は、一般的に、高齢者や足・腰が不自由な利用者に多くみられます。
誤嚥(ごえん)事故
誤嚥(ごえん)事故とは、食べ物・飲み物などが、誤って本来通るべき食道ではなく、気管に入ってしまう事故のことをいいます。
誤嚥事故は、一般的に、高齢者、嚥下機能(えんげきのう。口の中で噛んだ食べ物を飲み込む動作)や筋力が低下している利用者に多くみられます。
誤薬事故
誤薬事故とは、本来投与すべき薬とは別の薬を投与したり、本来投与すべき時間とは別の時間に薬を投与したりする事故のことをいいます。
誤薬事故は、一般的に、介護施設または職員による薬の管理が不十分な場合や記録の付け忘れ、情報共有がされていない場合などに多くみられます。
火災・火傷事故
火災・火傷事故とは、介護施設内で火災が生じたり、利用者が火傷を負ってしまう事故のことをいいます。
火災・火傷事故は、一般的に、料理をしているときに火の消し忘れがあった場合や給湯器・温水器が故障した場合などに多くみられます。
介護事故の発生状況
ここでは、実際に介護事故がどのくらい発生しているのか、どのような種類の介護事故が多いのか等について説明いたします。
利用者のケガの発生状況
公益財団法人介護労働安定センターの調査によると、利用者のケガの発生状況としては次のようになっています。
※「公益財団法人介護労働安定センター」とは、「介護労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(平成 4 年法律第 63 号)に基づき、介護労働者の職場環境の改善や能力開発等の雇用管理改善に関する事業を行うところです。
※平成26年8月15日〜平成29年2月27日までの間に発生した介護事故をまとめています。
※消費者庁に対して報告された276件の事例で、概ね30日以上の入院を伴う事例を前提としています。
上記円グラフのとおり、介護施設内の事故で最も多いのは、「転倒・転落・滑落」事故が181件で 65.6%を占めています。
続いて、「誤嚥・誤飲・むせこみ」事故が36件で13%、「ドアに体を挟まれた」事故が2件で0.7%、「盗食・異食」事故が1件で0.4%、「送迎中の交通事故」(接触、追突)が7件で2.5%、「その他」が16件で5.8%、「不明」が33件で12%となっています。
また、利用者のケガの種類としては、次のようになっています。
※消費者庁に対して報告された276件の事例で、概ね30日以上の入院を伴う事例を前提としています。
円グラフのとおり、「骨折」が195件で70.7%で最も多いケガとなっています。
次いで、「死亡」が53件で19.2%、「あざ・腫れ・擦傷・裂傷」が7件で2.5%、「脳障害」が3件で1.1%、「その他不明」が18件で6.5%となっています。
公益財団法人介護労働安定センターによる調査結果等について、詳しく確認されたい方は以下をご覧ください。
引用元:公益財団法人介護労働安定センター|平成29年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業「介護サービスの利用に係る事故の防止に関する調査研究事業」報告書
なお、堺市の介護保険施設・事業所において発生した事故についても、最も多い事故の種類は「転倒」事故で(全体の約57.4%)、最も多いケガの種類は「骨折」(全体の約61.7%)となっています。
引用元:堺市|令和4年度 介護保険施設・事業所における事故情報グラフ
このように、利用者は、転倒・転落等の介護事故によってケガをすることが多いです。
そのため、利用者が転倒・転落する可能性が高い場所、利用者の身体の状態については、特に注意を払っておくようにしましょう。
また、ケガの種類としては、骨折が一番多くなっていますが、事故直後は骨折していると分からないケースもあります。
そのため、利用者が転倒・転落して骨折している可能性が少しでもある場合には、利用者の様子を定期的に伺うようにしましょう。
必要があれば病院を受診したり、医師に来てもらうなどの対応も検討すべきです。
従業員のケガの発生状況
介護事故は、介護施設または介護サービスを提供中に発生した事故であれば足りるため、介護施設の職員や介護サービスを提供していた職員がケガをした場合についても、介護事故といえます。
厚生労働省の調査によると、介護施設等の職員のケガの発生状況としては次のようになっています。
上記円グラフのとおりですが、介護施設等の職員のケガの発生状況として最も多いのは、「動作の反動、無理な動作」による事故が3836件で約39.2%を占めています。
続いて、「転倒」事故が3171件で約32.4%、「堕落、転落」事故が603件で約6.2%、「交通事故」が457件で約4.7%、「その他」が1720件で約17.6%となっています。
介護施設等の職員のケガの発生状況について、提供するサービスの種類ごとに確認されたい場合は、以下の1ページ目をご確認ください。
介護事故のリスクや責任について
事業所の責任
利用者がケガをしたときの責任
利用者がケガをしたときに、事業所が負う可能性のある責任は次のとおりです。
- ① 民事上の責任
・安全配慮義務違反・注意義務違反を理由とした損害賠償支払義務(民法415条1項、709条)
・使用者責任に基づく損害賠償支払義務(民法715条1項)
・工作物責任に基づく損害賠償支払義務(民法717条1項) - ② 行政上の責任
・指定取消し等(介護保険法77条1項等)
安全配慮義務違反とは、事業所が、利用者の生命や健康の安全に配慮する義務のことをいいます。
例えば、介護施設内に滑りやすい床があり、以前にもその床が原因で転倒事故が発生していたにもかかわらず、改修等を行わなかったため、同様の転倒事故が起きてしまった場合などには、安全配慮義務違反が認められる可能性があります。
また、利用者の飲み込む機能が低下していることを記録していたにもかかわらず、食べ物を細かく切ったり、小分けにして食事を与えるなどをしなかったため、誤嚥事故が起きてしまった場合などにも、安全配慮義務違反が認められる可能性があります。
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
第2項以下 略
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
引用元:民法|電子政府の窓口
使用者である事業所は、職員が行なった不法行為についても責任を負うことがあります。
職員が介護事故を起こしてしまい、職員に不法行為責任が認められた場合には、使用者である事業所は、職員が起こしてしまった介護事故による損害を賠償する義務が生じます。
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
第2項以下 略
引用元:民法|電子政府の窓口
工作物とは、土地に接着している物や土地の工作物としての機能をもつ物のことをいいます。
例えば、建物、塀、建物の中にあるエレベーター・エスカレーターなどが挙げられます。
瑕疵とは、その工作物が通常備えているべき安全性を欠いていることをいいます。
例えば、介護施設内のエレベーターが通常備えているべき安全性が、「震度4の地震ではエレベーターの箱を支えるワイヤーが切れないこと」だとします。そうすると、介護事故の原因となったエレベーターが震度4の地震でワイヤーが切れる耐久力しかなかった場合には、瑕疵があるということになります。
すなわち、介護施設内の工作物に瑕疵があることが原因で、利用者がケガをしてしまった場合には、事業所は、利用者の損害を賠償する義務が生じます。
第七百十七条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
第2項以下 略
引用元:民法|電子政府の窓口
介護事故が発生した場合、事故の原因や事故発生時の対応状況などによっては、事業所は、次のような処分を受ける可能性があります。
- 指定取消し(介護保険法77条1項各号、78条の10第1項各号、84条1項各号、92条1項各号、104条1項各号114条の6第1項各号、115条の9第1項各号、115条の19第1項各号、115条の29第1項各号)
- 指定の効力停止(同上)
- 勧告(介護保険法76条の2第1項各号、78条の9第1項各号、83条の2第1項各号、91条の2第1項、103条1項各号、114条の5第1項各号、115条の8第1項各号、115条の18第1項各号、115条の28第1項各号)
- 公表(介護保険法76条の2第2項、78条の9第2項、83条の2第2項、91条の2第2項、103条2項、114条の5第2項、115条の8第2項、115条の18第2項、115条の28第2項)
これらの処分は、国または公共団体(都道府県知事、市町村長など)が、事業所に対して行う点で、民事上の責任や刑事上の責任と異なります。
従業員がケガをしたときの責任
従業員がケガをしたときに、事業所が負う可能性のある責任は次のとおりです。
- ① 民事上の責任
・安全配慮義務違反・注意義務違反を理由とした損害賠償支払義務(民法415条1項、709条)
・工作物責任に基づく損害賠償支払義務(民法717条1項) - ② 行政上の責任
・指定取消し等(介護保険法77条1項)
例えば、職員が、介護施設に採用され入所した後、業務の概要や勤務表、勤務時間等が記載されたマニュアルを渡されたものの、利用者の介護業務を行うにあたって、職員自身の身体の安全等を守る教育・指導がされていなかった場合には、安全配慮義務違反が認められる可能性があります(千葉地判平成21年11月10日参照)。
これについては、利用者がケガをした場合に、事業所が負う可能性のある責任と同様の内容となっています。
これについては、利用者がケガをした場合に、事業所が負う可能性のある責任と同様の内容となっています。
介護事故を起こした従業員の責任
介護事故を起こしてしまった場合に、職員が負う可能性のある責任は以下のとおりです。
- ① 民事上の責任
・不法行為に基づく損害賠償支払義務(民法709条) - ② 刑事上の責任
・業務上過失致傷罪(刑法211条)
職員が、故意(意図的にすること)または過失(不注意のこと)によって、不法行為を行い、これによって利用者を負傷・死亡させたり、利用者の物を壊したりした場合、職員自身が不法行為に基づく損害賠償支払義務を負う可能性があります。
ただし、実務上、職員自身が損害賠償支払義務を負うことは多くはありません。
なぜなら、問題となる介護事故について、事業所側にも責任がある場合には、資力がある事業所に損害賠償請求をした方が賠償金の回収可能性が高いからです。
そのため、職員自身が損害賠償支払義務を負うのは、問題となる介護事故について、事業所側には責任がないが、職員には責任があるというケースになります。
参考:民法|電子政府の窓口
職員が、介護業務をする中で必要な注意を怠り、利用者にケガをさせたり、死亡させたりした場合に問題になります。
職員が、業務上過失致傷罪に問われた場合、5年以下の懲役・禁錮または100万円以下の罰金が科される可能性があります。
第二百十一条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
引用元:刑法|電子政府の窓口
業務上過失致傷罪について、内容を詳しく知りたい方は以下の記事もご参照ください。
介護事故の事例
ここでは、ケガの発生状況ごとに実際に問題となった事例を紹介いたします。
転倒・転落事故
事業所・職員の責任を肯定した事例
【 事案の概要 】
介護施設の職員は、介護老人保健施設に入所していた利用者から「トイレに行きたい」との訴えがあったため、車いすで個室トイレに誘導した。
その後、職員は、利用者が排せつを終える前に、他の利用者対応のためその場を離れた。
職員がトイレを離れていた間に、利用者は施設のトイレ内で転倒した。
利用者は、転倒したことによって左大腿骨頸部骨折のケガを負った。
【 裁判所の判断 】
- 利用者には認知症があり、職員の指示や利用者自身の判断で、転倒しないように適切な行動をとることを期待できる状態にはなかった。
そのため、職員が、利用者の排せつの介助中に、利用者を便座に座らせた状態で見守りを中断し、利用者をその場に一人残して立ち去った場合、排せつを終えた、または中止した利用者が、トイレから出るために自力で立ち上がり、車椅子に移乗しようとするなどして、バランスを失って転倒する危険性があったといえる。 - このような危険性ひいては本件事故の発生は、予見可能であったといえる。
- 利用者は、職員が利用者の元を離れた際に、途中で排せつをあきらめてトイレから出ようとして転倒しているため、職員が、相当時間利用者の元を離れることなく見守りを継続していれば、事故の発生を回避することが可能であったといえる。
裁判所は、以上のように判断し、事業所・職員の責任を肯定しました。
事業所・職員の責任を否定した事例
【 事案の概要 】
職員は、利用者に居室で朝食をとらせるために食事の準備をし、利用者を椅子に座らせた。
職員は、食事を持ってくるまで座って待つように言って、他の入所者の食事の準備をするため、利用者の居室を離れた。
その間、利用者が職員の指示に従わずに居室を出て、自力で食堂まで歩いて行き、そこで転倒した。
なお、利用者は、時々徘徊(はいかい)することがあったため、職員は、利用者の所在確認と声掛け等により転倒防止に努めていた。
【 裁判所の判断 】
- 前日までの食事の際には、利用者が職員の指示に従わないで居室を離れたことはなかった。
また、本件事故当日の朝食の際にも、職員の指示に従わないような様子はみられなかった。そのため、利用者が職員の指示に従わずに居室を離れ、本件事故が発生する具体的なおそれがあったということはできない。 - 職員が本件事故の発生を予見することが可能であったということはできない。
- 次のような事情を考慮すると、職員に注意義務違反があったとまでいうことはできない。
・約40名の入所者に対し、介護職員3名、看護師1名で対応していた。
・本件事故が発生したのが朝食の準備のための繁忙な時間帯であり、食堂のほか、居室で食事をとる利用者が少なくなかった。
・利用者が、居室を出てから食堂に自力歩行して転倒するまでの時間が短かかった。 など
裁判所は、以上のように判断し、事業所・職員の責任を否定しました。
誤嚥事故
事業所・職員の責任を肯定した事例
【 事案の概要 】
利用者は、医師から誤嚥性肺炎を起こしやすいと診断されていた。
夕食時、利用者にしゃっくりが出始めたが、職員は、利用者にすまし汁をすすめて、利用者はすまし汁を飲んだ。
その後、利用者のしゃっくりが強くなったため、職員が利用者に対し、食事を継続するか尋ねたところ、利用者が食事を否定した。そのため、職員は、食事介助を中止して、利用者の口の中に食べ物が残っていないか確認することなく離席した。
利用者は、職員が席を外した後に、誤嚥により低酸素性脳症となった。
【 裁判所の判断 】
- 食事中にしゃっくりが出始めた場合には、食物を誤嚥する危険が大きいから、直ちに食事介助を中断し、しゃっくりが収まるまで水分を含む一切の食物の提供を停止する必要がある。
また、利用者は、医師から特に誤嚥の危険を指摘されていたから、利用者の食事介助を行うにあたっては、少なくとも食事介助の終了時には、口の中に食べ物が残っていないことを確認する必要があり、特に食事介助の終了時にしゃっくりが継続している場合には、口の中に食べ物が残っていないことを確認する必要が非常に高いといえる。
しかし、職員は、しゃっくりが収まっていないにもかかわらず食物の提供を継続したり、口の中に食べ物が残っていないことを確認していないから、義務違反が認められる。 - 利用者の誤嚥が、食事介助の継続中と終了後のいずれに発生したものであるにせよ、職員が誤嚥を引き起こす危険の大きい不適切な態様の食事介助を行ったことによって、利用者の誤嚥が発生したものであるから、職員の義務違反と誤嚥発生との間に因果関係が認められる。
裁判所は、以上のように判断し、職員の責任を肯定しました。
事業所・職員の責任を否定した事例
【 事案の概要 】
利用者には、嚥下機能の低下が見られたため、本件事故当日、食事については、食べやすいように、粥、細かく刻んだおかず、とろみを付けた汁物を与えていた。
利用者は、夕食時、職員が声掛けをしながら、食べものを利用者の口元に運び、食べさせようとしたが、利用者は、口を開くものの、食べものを飲み込もうとしなかった。
また、口に入れた食べものが利用者の口腔内より流れ出てくる状態であり、職員が、利用者に対し、更に食べ物を食べさせようとしたことはなかった。
夕食中、利用者がむせ込んだり、顔色が悪くなるなどの普段と違う様子は見られなかった。
夕食後、3名の職員で利用者の口腔ケアを行った。口腔ケアの間、職員らは利用者の様子を見ていたが、利用者の顔色が悪くなるほどのいつもの様子と違う様子は見られなかった。
夕食後から約20分後、利用者の顔色が悪くなり、呼吸も浅くなっていた。
【 裁判所の判断 】
- 前提として、誤嚥から窒息に至るのは極めて稀であるから、誤嚥が直ちに窒息という結果と結びつくものではないことが認められる。
したがって、本件事故に直面した職員が負うべき注意義務も、誤嚥の有無に着目するのではなく、窒息の有無、すなわち、利用者の呼吸状態等に焦点を当てて検討する。※なお、熊本地判平成30年2月19日でも指摘されているように、誤嚥を生じさせないように適切な方法で食事介助を行うべき注意義務の存在を否定するものではありません。 - 食事後となる午後5時前ころから口腔ケアを行ったころまでの間、職員らが利用者を観察しても、むせ込みや顔色の変化など、呼吸状態等の悪化を示す症状は確認できていない。
そのため、本件では、夕食中の利用者に、誤嚥の徴候が出現していたからといって、職員の注意義務違反を認めることはできない。
裁判所は、以上のように判断し、事業所・職員の責任を否定しました。
介護事故の防止法とは?
介護事故防止のためのマニュアルを作成する
介護事故を事前に防止するためには、事前に介護事故防止のためのマニュアルを作成することが有効です。
介護事故防止のマニュアルを作成したら、職員全員に共有するとともに、定期的に定例会議等で確認するようにしましょう。
介護事故の種類は、事業所・施設ごとに様々です。
そのため、介護事故防止のマニュアルを作成する際には以下の点に注意して作成するようにしましょう。
- 事業所・施設の状況にあった防止策を記載する。
- 防止策は具体的に、かつ、職員の誰が見てもわかりやすい表現で記載する。
- 介護事故防止のマニュアルは定期的に内容を更新する。
なお、福岡県庁では、介護事故防止のためのマニュアル作成の手引きが作成されていますので、ご参考にされてください。
参考:福岡県保健医療介護部介護保険課|介護事故防止対応マニュアル作成の手引
利用者・職員間の見守りを大切にする
介護事故を防止するためには、利用者や職員の様子をうかがい見守っていることが大切です。
日常的に見守りを重視しておくと、いつもと違った様子や危険な状況になった際により早く気づくことができるようになります。
また、利用者のご家族に、利用者の状態をヒアリングすることも有効といえるでしょう。
このように、日常的に利用者・職員間の見守りを継続することで、介護事故が起きてしまうのを未然に防ぐことができます。
見守りと合わせて、職員同士の情報共有も非常に大切です。
介護事故発生時の対応
応急処置をとる
介護事故が発生してしまったときに最も重要なことは、利用者・職員の被害を拡大させないことです。
そのため、介護事故が発生してしまった際には、事故の発見者が応急措置をとったり、看護師に早急に連絡するなどの対応をとるようにしましょう。
また、利用者・職員の状態によっては、救急搬送が必要な場合もあります。
したがって、介護事故が発生した場合の対応方法等も、事前に、職員間で共有しておくようにしましょう。
顧問弁護士に相談する
前述したように、介護事故が発生した場合、事業所・職員は、民事上の責任や刑事上の責任を負う可能性があります。
事業所・職員としては、利用者等から損害賠償請求をされてから対応するのではなく、早い段階から法的責任に対する適切な対応をすることが望ましいです。
そのため、顧問弁護士がいる場合には、介護事故発生後、早急に顧問弁護士に相談するようにしましょう。
仮に、顧問弁護士がいない場合には、お近くの法律事務所や知り合いの弁護士等にご相談されることをおすすめいたします。
顧問弁護士は、事業所と直接契約を結び、継続的に法的アドバイス等を行います。
契約された事業所の実情をどの弁護士よりも知っているのは、顧問弁護士ということになるため、迅速な対応や事業所の実情にあった対応が期待できます。
顧問弁護士をご検討されている場合には、以下で顧問弁護士をつけるメリット、費用等を詳しく解説しておりますので、ご確認ください。
介護事故報告書を提出する
介護事故報告書とは、介護事故が発生した際に、事業所が、行政に対し、事故の詳細等の報告に使用する書類のことをいいます。
介護事故報告書は、基本的に事故発生から5日以内に提出する必要があります。
また、介護事故報告書に記載することは様々であるため、余裕を持って作成に取りかかるようにしましょう。
介護事故の要因を分析する
介護事故が発生したら、介護事故の原因を分析することが重要です。
なぜなら、介護事故の原因をきちんと分析することで、適切な解決策や改善点が見えてきて、結果として、将来起こりうる介護事故を防止することにつながるからです。
介護事故の原因を分析するときには、原因を①本人要因、②職員要因、③環境要因に分けて分析すると具体的、かつ、明確に分析することが可能です。
家族へ報告する
介護事故が発生した場合、最優先は利用者・職員の被害を拡大させないことですが、被害者である利用者・職員のご家族への連絡も重要です。
事故状況等によっては一刻を争う事態の場合もあるため、利用者・職員のご家族への連絡は後回しにするのではなく、事故発生後、早急に連絡するようにしましょう。
ご家族への連絡の際には、事故状況やケガの状況等だけではなく、誠心誠意の謝罪をすることが大切です。
NGな対応とは?
介護事故を報告しない
事業所は、次の①または②の介護事故が発生した場合、行政に対し、介護事故を報告する義務があります。
- ① 死亡事故
- ② 医師(施設の勤務医、配置医を含む。)の診断を受け投薬、処置等何らかの治療が必要となった事故
介護事故の報告をする義務があるにもかかわらず、報告をしなかった場合には、事業所は、行政指導を受けたり、介護保険法に基づき指定の取消し等を受ける可能性があります。
なお、①と②以外の事故については、各自治体の取扱いによって報告義務の有無が異なります。
ただし、①と②以外の事故であっても、事業所としては、介護事故を報告することが望ましいです。
介護事故を隠ぺいする
事業所や職員によっては、起きてしまった介護事故を隠ぺいしたり、虚偽の事実を報告したりするケースもあります。
しかし、その場しのぎで介護事故を隠ぺいしたり、虚偽の事実を報告したとしても、後々真実が明らかになることが多いです。
そうなると、倫理的・道義的に非難されるだけではなく、法的にも責任が重くなります。
そのため、介護事故を隠ぺい等することなく、発生してしまった介護事故に真摯に向き合い、適切な対応をするようにしましょう。
介護事故のポイント
事故防止のマニュアルを整備する
前述したとおり、介護事故を未然に防止するには、あらかじめ介護事故防止のマニュアルを作成・整備しておくことが有効です。
もっとも、介護事故防止のマニュアルを始めから完璧に作成することは困難です。
この点、顧問弁護士がいる場合には、介護事故防止のマニュアル作成のポイントを押さえながらマニュアルを作成・整備することができます。
そのため、介護事故防止のマニュアル作成・整備について、少しでもお困りの場合には、顧問弁護士にマニュアル作成の依頼をすることをおすすめいたします。
事故時の損害賠償請求を適正額を算定する
介護事故の被害者は、事業所または職員に対して、損害賠償請求をする権利があります。
介護事故の被害者は、介護事故の状況・程度やケガの状態等によっては、多額の損害賠償請求をしてくるケースもあります。
このような場合、被害者が請求してくる金額が、本来事業所・職員が支払うべき適正な賠償額でないということになります。
適正額ではない多額の賠償金を請求された場合には、適正額のみ支払えば大丈夫です。
もっとも、事業所・職員としては、どこまでの金額が適正額か分からない場合も多いと思います。
介護事故の被害者から請求されている金額が適正額かどうか、支払うべき賠償金かどうか少しでも疑問がある場合には、弁護士にご相談されることをおすすめします。
介護事故が発生した場合の適切な賠償額については、以下の記事も参考になりますので、ご確認ください。
介護事故にくわしい弁護士を顧問弁護士にする
事業所・介護施設としては、以下のようなメリットがあるため、顧問弁護士をつけられることをおすすめいたします。
- 顧問弁護士は事業所・介護施設の一番の味方であるため、気軽に相談ができる。
- 支払うべき賠償額を最小限に抑えることができる。
- リーガルコストを抑えることができる。
- 介護事故のこと以外のことも相談できる(例 従業員の労務問題など)。
顧問弁護士をつけるメリットや必要性などについて、下記の記事でより詳しくご説明しておりますので、ご覧ください。
介護事故についてのQ&A
介護事故で職員が責任を負うケースとは?
前述したように、介護事故が発生し、職員が負う可能性のある責任は、①民事上の責任(不法行為に基づく損害賠償支払義務)と②刑事上の責任(業務上過失致傷罪)があります。
ただし、①民事上の責任、②刑事上の責任のいずれであっても、職員の故意または過失が必要となります。
※民事上の「過失」と刑事上の「過失」では、定義が異なるためご注意ください。
そのため、職員の行為によって、利用者がケガをしただけでは、ただちに職員が責任を負うことにはなりません。
職員の意図的な行為または不注意に基づく行為によって、利用者がケガをした場合に、職員が責任を負う可能性があるのです。
介護事故で落ち込んだ職員が退職、どうすればいい?
まずは、職員が退職を考えている理由を明らかにするために、職員に対し、ヒアリングすることが重要です。
例えば、介護事故を起こしてしまったと思っている職員が、会社から解雇される前に自主退職しようと考えている場合があります。
しかし、この時点では、本当にその職員が原因で介護事故が発生してしまったのか、事故の原因はまだ明らかになっていないケースもあります。
自分が介護事故を起こしてしまったと思っているのは、職員の勘違いという可能性もあります。
また、労働契約法等によって労働者の地位は保護されています。
そのため、特段の事情がない限り、職員が会社からいきなり解雇されるということはありません。
このように、職員が退職を考えている理由によっては、職員が退職する必要がないというケースがあります。
そのため、事業所としては、職員が退職しようとしている場合、その理由をヒアリングするようにしましょう。
家族へ謝罪すべき?
確かに、介護事故の原因が事業所・職員にない場合には、こちらに不利な証拠となる可能性があるため、介護事故の被害者の家族に謝罪すべきではないようにも思えます。
しかし、介護施設内または介護サービス提供中に、被害者がケガをしたという事実は変わりません。
また、被害者の家族に謝罪をしたとしても、事業所・職員が原因であることを明示的に認めていない限り、こちらに不利な証拠となる可能性は低いです。
むしろ、被害者がケガをしてしまった以上、誠心誠意ご家族に謝罪をすることは重要であるといえます。
そのため、被害者の家族へは、早急に連絡するとともに、誠意をもって謝罪するようにしましょう。
まとめ
以上、介護事故が起こりやすい状況や介護事故の防止策等について解説いたしましたが、いかがだったでしょうか。
前述したように、介護事故は様々な要因がもとになって起こりうるものです。
また、介護事故の発生状況、種類は、事業所ごとにバラバラであることも多いため、その事業所にあった防止策、改善策を考える必要があります。
介護事故の発生を未然に防止することが最も重要ですが、介護事故が発生してしまった場合には、適切かつ迅速な対応をすることがポイントです。
当事務所では、介護事故の発生防止や介護事故発生後の対応方法等について、介護事故に詳しい弁護士が初回無料の相談を行っています。
ご来所いただいて対面での相談以外に、LINE、FaceTime、Zoomなどを用いて弁護士の顔が見える状態でのオンライン相談や電話相談でも対応できますので、少しでもお困りの場合はお気軽にお問い合わせください。